最近、定期的に演奏動画を撮りアップするようになりました。
以前、ウィーンでお世話になったコロンビアの作曲家、アレハンドロ・デル・ヴァレ=ラッタンツィオの作品を紹介しましたが、この度新たに「ソナチネ」(2020) を公開しました。
ラテンのリズムと教会旋法的なカラーが特徴の曲です。お楽しみ下さい!
Pianist
最近、定期的に演奏動画を撮りアップするようになりました。
以前、ウィーンでお世話になったコロンビアの作曲家、アレハンドロ・デル・ヴァレ=ラッタンツィオの作品を紹介しましたが、この度新たに「ソナチネ」(2020) を公開しました。
ラテンのリズムと教会旋法的なカラーが特徴の曲です。お楽しみ下さい!
街のあちこちで鮮やかなブルーの紫陽花を見かけるようになり、梅雨間近の季節を実感します。
さて、2月21日のブログ記事で一部紹介しましたヘルシンキの芸術プロジェクト「The Academy of Artistic Thinking」についての記事を公開しました。
2018年から2021年にかけてヘルシンキで行われた、ジャンルの垣根を越え芸術について考察する企画、そしてその集大成として今年初旬に行われた公演「Kierrot (キエロット)」についてのレポートです。写真や動画、音源も紹介しておりますので、ぜひご覧ください。
https://jp.erikotakahashi.com/2021/05/30/aat-report/
異なる芸術分野における表現、特に相互間でインスピレーションを得たときの「表現の変換」 について。
ある音楽をもとにして描かれた絵、また逆に絵からインスピレーションを得た曲は世の中にたくさんあります。よく知られた例としては、絵→音楽ではドビュッシーの「金色の魚」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、音楽→絵ではクレーの「パルナッソス山へ」、マティスの「ジャズ」などが挙げられます。受けた印象や自らの思考を音楽または絵に反映させる際、作品を要素ごとに分解して変換したり、あるいはストーリーを想像したり…と、方法や過程はそれぞれ異なります。
以前このブログで、当時私が練習していたピアノ音楽「アルマクの砂場」をもとに描いた絵を載せたことがあります。このときの絵では、鋭い音の多い曲では図形も直線的で角ばった形になり、静かで休符・余白の多い曲だと描線が細く、絵の余白も多くなっています(そういえば、ブーバ・キキ効果というものもありますね)。
これらは無意識に行っていたことですが、その一方で曲のタイトルや背景といった知識が絵に与えた影響もあります。例えば「模倣」をテーマとしている第3楽章では、劇場のシンボルとして使われる仮面らしきものをメインのモチーフとして描いています。確かに曲だけ聞いてもカノン的な要素が聞きとれますが、この曲のテーマを知らなければ、仮面のような具体的なものはおそらく描かなかったでしょう。
ちなみに、こちらは絵画ではなく粘土の造形ですが、曲の背景をほとんど知らずに取り組んだ例をやはり以前アップしたことがあります。このとき聞いた曲は演奏時間20分、無調で比較的ゆっくりで穏やか、それでいて時折変化のある曲想でした。このときは、他にも参加者がいたのですが、川のある土地のようなもの、またはカモメのように具体的な形を作る人、あるいは紙と粘土を丸めて抽象的な形を作った人、様々でした。
聴覚と視覚、時間の有無…など、異なる分野の間でどのように影響し合い、表現が受け継がれるのか、検証してみると面白いですね。
※今回の内容はこちらの記事(英語)でも紹介しています。

(パウル・クレー「パルナッソス山へ」 出典: https://www.musey.net/32856)
さて、4月7日のかわさき区ビオラコンサートでは、私の作曲した短い曲「Lacerta」も演奏させていただきました。
Lacertaとはラテン語でトカゲ座のことなのですが、演奏会当日のMCで「家の庭に時々現れるヤモリから着想を得た」と説明した際、ヤモリがなぜ星座であるトカゲ座に結びついたのか、矛盾が残ってしまったことに気づきました…。
そんなわけで、今更ですが、タイトルや曲の雰囲気を決めるきっかけになった、エピソードを共有したいと思います。
昨年の夏、実家の庭の菜園にしかけられていた虫取りテープに、1匹のヤモリがかかってしまいました。救出しようとしたのですが、しっかり張り付いてしまって、簡単には剝がせません。助けたときにはすっかり弱ってしまい、そのまま息を吹き返すことはありませんでした。
私は死んだヤモリを土のくぼみの上に横たえ、傍に咲いていた花を上におきました。その後様子を見てみると、ヤモリの周りに無数のアリが群がっており、更に数時間後には、彼らに運ばれたのか、そこにヤモリの姿はありませんでした。
きっと今頃、夜空の星となって再び自由に走り回っているかもしれない…。
自然の沙汰を間近で見て、感慨深く思った記憶です。
4月7日(水)、川崎にて行われましたビオラコンサートが無事に終了いたしました。
会場の川崎市役所ロビーは天井も高く、素晴らしい音響でした。ステージの周りには区の花・ビオラが飾られており、温かい雰囲気の中気持ちよく演奏することができました。
今年は10年目とのこと、こうした文化イベントが地域の皆様に長く親しまれ、また継続することは決して容易ではないと思います。
前半は良く知られた春の名曲、後半は普段あまり耳にする機会の少ない曲で構成しました。MCにて曲目解説を入れましたが、それでも少し難しい印象になってしまったかもしれません。バランスって難しいですね。それにもかかわらず、会場の皆様に最後までお聞きいただけたことは私として大変嬉しい限りです。
演奏会の写真がこちらにてご覧いただけます。
準備から当日まで、細やかにサポートして下さったスタッフの皆様にも、深く感謝申し上げます。
今回日本初演だったロンパネン氏の「サクラ」にちなんで、桜の写真を1枚。
さて、先日友人から、こんな素敵なプレゼントが届きました。

発砲ビーズ粘土とモザイク、ウニみたいなボール、グリッター。
グリッターは片づけが大変になってしまうので使いませんでしたが、粘土とモザイクを使って、正体不明の抽象的な造形を…(笑) 小学校以来の粘土遊びに没頭しました。




実は、これは2月初めにヘルシンキで行われたオンラインの複合芸術祭「KIERROT」の一環で使われたものです。視聴者が現代音楽を聴き、そこから得た印象で自由に造形するというものでした。私は海外から直前に申し込んだため、公演日には参加できなかったのですが、友人が後から余っていた自身の分を送ってくれました。
聴いたのはこちらの曲、KIERROT芸術祭のために書かれた作品です。
このオンライン企画については、近日中にまた報告したいと思います。
私の所属する日本・フィンランド新音楽協会では、2020年8月以降、コロナ禍においての芸術活動、在り方などについてのアンケートが行われました。日本人会員、そしてフィンランドの芸術家による回答の抜粋が紹介されており、私の回答も掲載されています。それぞれの立場からの多様な回答が寄せられ、私自身も大いに考えさせられました。
久しぶりの投稿となってしまいました。
先日、新たな演奏動画をアップしました。
アレハンドロ・デル・ヴァレ=ラッタンツィオの「5つの小品(2020)」です。ラテン系の心地よいダンスのリズムに乗って、ところどころに教会旋法を用いた、どこか哀愁あるメロディーが聞こえてきます。
彼はコロンビア出身の作曲家で、ウィーンで作曲を学んだのち現地を拠点に活躍しています。彼は10月ウィーンでの演奏会でお世話になった会場でキュレーターでもあります。
(追記 3/19:その後、作曲者より献呈を賜りました)
さて、先日記事に書いたウィーンの演奏会の映像がアップされたので、紹介します。
初演の「アルマクの砂場 (Sandbox of Almach)」は33:39からです。
ちなみにアルマクとはアンドロメダ座の中の星で、望遠鏡で拡大してみると合計4つの小さな星の集まりから成っています。
ライブなので後から見て「ああ、ここをもう少しこう弾けたらよかったのに…」と隠したくなるところもそのまま。色々言い出したらきりがありませんが、これは毎回のこと。精進あるのみですね。
また次のコンサートを楽しみに、今日もピアノに向かいます♪