アカデミー・オブ・アーティスティック・シンキング ― レポート

近年、世界各地で様々な芸術分野もしくは全く異なる分野同士のコラボレーションが盛んだ。目まぐるしい変化、また商業的・物質的になりがちな社会において、芸術の意義への再考、そして新たな道への模索が進んでいる。その中で、2018年から2021年にかけてヘルシンキで行われた、ジャンルの垣根を越え芸術について考察する企画「アカデミー・オブ・アーティスティック・シンキング The Academy of Artistic Thinking」(以下AAT)及びその集大成として行われた公演「キエロット (Kierrot)」について紹介したい。

AATは、芸術の本質をより哲学的にとらえ、表現の可能性について考察する、3年がかりのプロジェクトである。現地を拠点とするシルコ新サーカスセンターが主催し、国内で最大の芸術大学・シベリウス音楽院や国営放送YLE 、コネ財団との提携のもと実施された。主にパフォーマンスに関わる様々な芸術分野 – 演劇、舞踊、新サーカス、音楽 – において活動する30人ほどのアーティスト(企画の後半ではそのうち12人)が参加した。その中で、ただ一人の作曲家として参加したアリ・ロンパネン氏から、プロジェクトの内容について伺った。

プログラムは3年間のうち、一週間単位のセッションが合計8回、その後最終公演に向けてのリハーサルが適宜行われた。セッション期間では、参加者たちは7日間共に行動し、国内のフェスティヴァルや劇場で演劇、サーカス、音楽や舞踊など様々な演目を鑑賞した。そして作品の背景にあるテーマや思想、その表現方法についてなど特定の観点から議論をし、ジャンルを超えて共通する表現芸術の本質について掘り下げていったようだ。時々自分たちで小さなパフォーマンスを制作・発表し、また外部から専門家を招いての講演も行われたとのことである。

セッション期間で得たアイディアをもとに、参加者同士で集大成として作られた8回シリーズの公演が、2021年初めに上演された「キエロット」である。アカデミーの参加メンバーが8つのグループに分かれ、それぞれ「植物」「ジェンダー」「水平線と垂直線」など特定のテーマに基づいた発表がなされた。どのグループの公演も、メンバーによるトークとパフォーマンスの部分から成り、分野の異なるアーティストそれぞれの個性と強みを生かした内容となっていた。コロナ禍で刻々と状況が変化する中、直前までグループ編成や計画の変更を余儀なくされ、最終的に無観客でZoomによるオンライン配信となった。しかしその逆境を逆手に取り、視聴者とのディスカッションや質疑応答など、インタラクティブコーナーを設ける工夫もあり興味深かった。視聴者は大半がフィンランド国内だったが、ドイツやフランス、また私を含め日本など国外からも注目を集めたようだ。

例えば植物をテーマにしたグループでは、鉢植えの植物がエレベーターに乗ってスタジオに集合する様子をストップモーションのアニメで表現し、さらにサーカスのアーティストが植物になりきり演じていた。特に自然が生活と密接にかかわるフィンランドにおいて、自然界にある植物や樹木、街路樹、または庭や室内にある観葉植物は私たちに物理的・精神的にどのような影響を与えているか、また逆に人間から植物に対してはどうだろうか…といったことをテーマに考えたようだ。ジェンダーのグループでは、性に対する固定観念を取り払った衣装でのダンスやラップ、アクロバット・パフォーマンスによって、既成概念に疑問を投げかけていた。「水平線と平行線」では表現義的な詩の朗読と、バラフォン(西アフリカの木琴)の演奏、250個の透明な風船を散らしたスタジオをバックに、ロープを使った見事なアクロバット・パフォーマンスが披露された。風船は透明性や開放性、ロープは団結や活動的な要素を表現するなど、小道具一つとっても細部にわたり考え抜かれた演出であった。

音楽をテーマにしたグループでは「調性と無調性」を中心にトークとパフォーマンスが展開された。サウンドデザイナーのペッテリ・ヤランティ氏が魚のぬいぐるみ「ボッレ・フォン・アッフェナ」と共に巧みな話術で司会を務め、先述の作曲家アリ・ロンパネン氏が様々な音楽を例にとりながら、調性音楽と無調音楽の違いや、受ける印象などについてピアノ演奏と共に説明した。さらに先述のジェンダーのグループのパフォーマンスのビデオを用いて、そのBGMを全く違う曲に入れ替え、どのように印象が変化するか視聴者向けにアンケートが取られていた。

このグループの公演の国内の視聴者には、予め発泡粘土やモザイク、グリッターやボールなどが入ったクラフトキットが郵送されていた。プログラムの後半では、ロンパネン氏の作曲した「昼顔 (Convolvulus)」を聞きながらクラフトキットで自由に造形をし、作ったものをZoomの画面越しに見せ合うという、視聴者も楽しめるコーナーが用意されていた。動物など具体的なものを作る人、うねうねした得体の知れないものを作る人など、同じ音楽を聴いても皆作るものは千差万別で、とても興味深かった。

ところで、各グループの公演ではそれぞれ「共通のモチーフ」が使われていた。例えばロンパネン氏の「昼顔」は他のグループのパフォーマンスでもBGMとして断片的に使われ、また「水平線と平行線」で使われた詩のテキスト、植物や石、ロープなどの小道具も、モチーフとして複数のグループで共有されていた。この公演シリーズ「キエロット」のタイトルは「回転する」という意味を持つが、その名の通り、各グループを共通のモチーフが回り巡って、橋渡しの役割を果たしていた。

私が当初想像していたパフォーマンスは、舞台上または画面越しに演技を観客が鑑賞するという、一般的な形式だった。そのため、比較的アーティストのトークやディスカッションが多く、そこに観客を巻き込むスタイルに初めはやや戸惑った。しかしこれはAAT自体が「芸術的思考」について研究し、広めることを目的とした企画であることを考えると十分に納得がいく。深い洞察と哲学的思考に満ちた内容を、こうして創造的な手段で伝えることで、アートをより身近に感じさせると同時に、アートを発信する側の考え、即ち「アーティスティック・シンキング」を共有することに成功したと言える。

芸術の核となるものは、私たち全ての人間に普遍的な感情や思考である。しかし、その本質的な部分を人々にわかりやすく、かつ表面的にならずに伝えるのは、そう簡単ではないのだろうか。AATの企画はその可能性への挑戦にも感じられた。この企画は来シーズン以降も、若干の変更はあれど再演を予定しているとのこと。さらに、音楽・描画・空中パフォーマンスを合わせたスピンオフ企画の構想も進行中だ。今後もこうした新たな試みが広がってゆくことに期待したい。

関連リンク

パフォーマンス(抜粋)、アーティストのインタビューなど(「Kierrot」の文字が入ったプレイリストより視聴可能)
https://www.youtube.com/channel/UCCzg72QqSp0q5AC2lPdx8Jw/playlists

アリ・ロンパネン氏による楽曲「昼顔」

(以下、動画・画像は全てCirko、AATより提供)